地域経済の衰退
 昨年3月に大学を定年退職し、4月から西日本の中小企業をサポートする新しい仕事に取り組んでいる。その関係で地方都市を訪れる機会が増えたが、今更ながら認識不足を思い知らされることが多い。長年東京にしがみついて活動し、グローバル化の流れの中で外向けの問題意識ばかりが強かったことに度々反省を迫られている。
 最近では全国的な関心を呼ぶことの少ない地味な地方都市を訪れても、それぞれの地域で歴史的に形成されてきた文化や経済力の蓄積を肌で感じる。それと同時に、日本経済がピークを過ぎつつある兆候が、地域社会の末端から随所に現れていることを痛感させられる。ずいぶん前からの現象ではあるが、興隆するアジアへの経済シフトは地方の生産拠点から始まった。製造業の基盤を失うと、サービス業の根が枯れる。経済力が弱まると、文化や風物も勢いを失う。
 アジアへの工場移転は、かつて欧米の製造業が競争力を失い、日本が世界の工場になった頃と本質的には同じ現象である。私は当時ヨーロッパの大使館で勤務していたが、伝統ある社会の崩壊に対するイギリス人やフランス人の焦りや怒りは、嫌日感情としてたびたび現れた。当時われわれは、欧米人ができることは日本人にもできることを示したに過ぎない。それを非難されるいわれはない。しかし市場を奪われた欧米企業は、日本人を「ウサギ小屋に住む働き中毒」の文明生活破壊者だと批判した。彼らには、日本人のワーク・ライフ・バランスは非人間的だ、そうでなければ欧米人が日本人に負けるわけがない、との自負心があったのである。
地域経済の再構築
 今では日本人の所得水準は欧米人並みとなり、労働時間は米国人より短い。若者は3Kの仕事を嫌がる。それに対し他のアジア人の労働意欲は高く、技術水準は劣らなくなった。高度の熟練を要する仕事は、タイ人に教えてもらわなければならない。これは、日本人にできることはアジア人にもできることを示しているに過ぎない。在日大使館のアジア人外交官は、30年前に私がヨーロッパで見たことを、日々実感していることだろう。
 生産拠点が海外へ流出するのは当然である。それを防ぐには、日本人の労働条件をアジア人に近づけるほかない。あるいは彼らが追いつくまで足踏みして待っていることになる。現在のデフレは、それに近いことが起こっていることを意味している。しかしそれでは地域経済はますます地盤沈下し、日本経済の国際的地位は低下の一途をたどる。
 前向きに事態を打開しようとするならば、日本人一人ひとりがアジア人を振り切り、欧米人を抜き返す国際競争力を身につけなければならない。現在の低迷を抜け出すには、結局、日本人一人ひとりが四万ドル(一人当たりGDP)を稼ぎ出す力をさらに伸ばしていくしかない。老人や病人は増えるから、現役はその分までカバーしなければならない。アジアとの総力戦には、大都市だけでなく地域経済の活性化が不可欠である。
 それぞれの地域で各人が四万ドルを稼ぎ出せる経済基盤を創り出す以外、多様で元気な日本社会を復活させる方法はない。地域振興といえば規制緩和や地方分権が持ち出されることが多い。そこには、中央集権体制により地方の活力が東京に吸い取られているという論理がある。それは否定できないが、実際には、それぞれ特色を持つ日本の各地域が自分たちの特色を活かす工夫を見出しかねているという側面が強いのではないか。
 ルクセンブルク(一人当たり10万5千ドル)、スイス(6万8千ドル)、デンマーク(5万6千ドル)など、欧米の成功事例を見ると、むしろ地域経済と似た条件の下で成果を挙げている。人口がほぼ同じ(5百万人)で立地条件の似ている北海道は、どうしてデンマークに遅れをとっているのか。世界一の所得水準を誇るルクセンブルクは人口40万人の、いわば「中山間地域」である。グローバル化の時代にも、地域経済が大都市圏を凌駕する道はいろいろありうるのではないか。

2012年1月17日(火)

西村 吉正(にしむら よしまさ)

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