最近わが国は貧富の差が拡大して、格差社会になった、あるいは、格差を是正するために政府の財政面での役割が重要だという議論が盛んである。貧富の差が極端に拡大すれば、それを是正することが重要な政策目標になることは、当然である。しかし、格差問題は情緒的に議論すべきではない。

格差よりも絶対的経済水準
 一般的にいえば、もっとも関心の高いのは相対的格差よりも絶対的経済水準であり、他人のことよりも、自分が貧困を克服して経済的に豊かになることが最優先だろう。誰でも嫉妬やねたみの感情があることは否定できない。しかし、常識的に考えれば、他人の経済状態が改善すれば、自分にとってもそれはプラスの波及効果をもたらすはずである。たとえばオリンピックやサッカーのワールドカップで日本人選手が活躍すれば、本人は当然うれしいが、単なる観客でしかない多くの日本人もうれしいと思うだろう。活躍した日本人選手は金銭的にも多くの報酬を受け取る。その結果、一般の日本人との格差は拡大する。しかし、こうした格差拡大が悪いことであり、是正すべきだと思う人はいないだろう。
 
 日本で格差論が受け入れられている背景には、自分の経済状態が良くならない、あるいは、悪化しているのに、一部の人が派手な生活をしていることに不満があるからだろう。国際的な賃金格差が大きいほど、その影響を受けやすい単純労働者(あるいは、そうした労働者を多く抱える工場を持つ地域)は景気回復、経済活性化のメリットを享受しにくい。その一方で、景気回復とともに、熟練労働、付加価値の高い労働を提供する人の所得は大きく上昇する。結果として、労働者間での個人間格差は拡大する。

適材・適所で付加価値を
 社会の階層が固定化されると、それなりに安定した社会秩序は確保できるが、社会全体の閉塞感が大きくなり、不満も増大する。親からの相続の大小で子供の人生が決まってしまう社会は経済活力のない、そして、不公平な社会である。雇用の機会を確保できれば、それで十分とはいえない。単純労働に従事するだけでは、経済状態、生活水準を底上げすることは困難である。グローバル化の中で変動する社会環境にうまく対応する人材を適材・適所で配置するには、より流動的に人材を登用することが不可欠である。より付加価値の高い仕事を自助努力で見つけて、自らのスキルを向上させることが求められる。それを支援するような政策対応(労働市場での規制改革や税制上の優遇など)が、必要になるだろう。

平成19年4月30