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国民の「幸福度」の2つの尺度 |
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平成20年度の『国民生活白書』には興味深い調査結果が2つ掲載されている。
1つは、国民の「幸福度」に関するもので、「所得上昇」と「生活満足度」との関連を調べている(『白書』第1−3−1図:PDF)。この図によれば、1981年に日本人の1人当たり所得は273万4000円だったが、05年には424万4000円と25年間に55%上昇した。
この間の生活満足度(5段階評価のアンケート)を見ると、1984年の3・6を最高として、その後、所得増加に反比例して満足度は低下し、05年には3・0にまで下がっている。「働けど働けど」幸福になるどころか、生活の不満感が高まっている日本人の姿が見える。
第2は、日本とアメリカの年齢による幸福度の調査である。日本は49歳までの人では幸福度が高いが、50歳代以降はアメリカの方が幸福度が高くなる(『白書』第1−3−5図:PDF)。
日本の高齢者は、アメリカと比べて幸福感を感じていない人の率が高いことを物語っている。これは、高齢化が進みつつある日本にとって、容易ならぬ事態である。
この分析から2つのことが言える。
1つは、日本人は働いて所得が上昇しても、それが生活の満足度、幸福感として自分に還元されるような社会に暮らしていない。
2つ目は、日本人の高齢者は必ずしも生涯の労働に報いられるような仕組みの社会に暮らしていない。
政治はこのような根本的な問題点に真剣に目を向けるべきである。経済成長率や所得移転は、ある程度必要であるにせよ、わたしたちが生きている社会の仕組みを問い直す時期にさしかかっている。
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一概には規定できない「幸福度」 |
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じっさい、「幸福度」には、生活の基礎必要(衣食住や教育、衛生等)の充実、社会参加度(学校や雇用、仕事)や社会的な選択の自由。そこで自尊心がどの程度持てるか、家庭や職場や地域での他者とのつながり、行政や政治に対する信頼感。さらには暮らしの安全度、環境との共生の仕方、等多様な要因がはたらき、一概にはいえない。
だが、ここ数年、先進国やOECDの場で行われている「幸福度」調査では、世界1人当たりGDPのトップランクに位置する日本が、世界100数10ヶ国の中でも低位に近い方にランクされていることもまた事実である。
World Value Surveyの2008年度調査では調査対象97ヶ国中、日本は43位。09年7月に発表されたイギリスのシンクタンク新経済財団(NEF)の世界143ヶ国調査では、日本は75位だった。
「豊かだが幸せではなく、長寿だが自殺も多い」。
「お年寄りは老後に不安をかかえ、女性の待遇はよくなく、子どもも2人は生めない」。
「孤独な子どもの比率が多く、引きこもりやニートも多い」。
「自分の国に誇りを持てず、政治不信度も高い」
――こうした日本像がこれらの調査から浮かび上がってくる。
これでは日本が先細りになるのは当たり前というしかないだろう。政治はこうした問題、すなわち、人びとの社会参加や生き甲斐をどう支えるか、という問題をしっかり取り上げなければならないのだ。
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内側からの活性化が技術革新への道 |
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小泉改革で、規制緩和、民営化、自由化の流れはそのまま世界市場化、競争化、強者の1人勝ちに直結するようになった。
本来はそうではなく、国民の社会参加、社会的ガバナンスの形成。地域主権により、市場経済化を人びとの生き甲斐の発揮という形で規制する道をたどられなければならなかった。それが、若者たちや女性や定住外国人のエネルギーを、この国に生きる誇りとして復活させる道であるからだ。
このような社会の内側からの活性化が、経済ダウンサイジング時代の日本にさまざまな技術革新を生み出す力となるだろう。そして、社会が分裂するのではなく、内側から連帯と統合の輝きを取り戻していくとき、それは少子化時代の日本人が生活の充足感、幸福感を獲得していく道につながるのである。
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OECDの「社会進歩」探究と日本政府の対応 |
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10月27〜30日に「先進国クラブ」OECDは、韓国の釜山市で「社会進歩をどう測るか」という題で、1000人の専門家を世界中から集めた大きな会議を開催した。先進国にとっては、経済高成長の時期は終わり、これからは社会の質の改善、社会進歩、国民生活の充足感や幸福の拡大が、社会目的となるという共通認識に基くものである。
ノーベル賞受賞者のスティグリッツ米コロンビア大学教授を座長とする委員会はこの会議で、「社会進歩」に関する共通指標を発足させる提案を行った。これから、経済成長にとどまらない社会進歩、幸福獲得の道を、OECD諸国は追求していくことになる。
この点では、日本はかつて「国民生活指標」という名前で、「目に見えない豊かさ」をどう計るか、という問題意識に立つ白書を発表し、世界でも先進的な立場にあった。この報告では、1人当たりGDPでは日本の中位に位置する北陸3県などをとり上げた。そして、これら中位県が「生活の豊かさ」では首都圏をはるかに凌ぐことを示し、地方分権時代を先取りするデータを提示していた。地方に自信を与える統計データが作られていたのである。
ところが、この報告を担当していた経済企画庁が小泉改革で内閣府に統合され、国民生活指標も発表されなくなった。
世界的にマネーにとどまらず、「真の豊かさとは何か?」が追求され始めた今、日本はこの流れから取り残されているように見える。釜山会議にも、欧米と異なり、外務省、経済産業省などからの日本政府代表の姿はなかった。
だが、今からでも遅くはない。低成長時代の日本は、新しく社会の質的発展、国民統合、生活の充足度改善、社会進歩の道を見出していくべきである。国民生活指標の経験に立ちつつ、社会進歩の指標を作成する世界的努力に加わっていくことを、政府に望みたい。
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