宴のあと
 昨年11月、EUで新憲法(リスボン条約)に基づき加盟27カ国互選による大統領選が行われ、大本命と目されていたトニー・ブレア英前首相はドタン場で落選。トンビに油揚げをさらわれた格好で、ほとんど無名であったファンロンパイ・ベルギー首相が選出されたのは周知の如くである。
 常に国際舞台の中心的人物でありたいという願望に駆られているとされるブレア氏にとっては大きなショックだったに違いない。最大の敗因は首相在任時の2003年春、英軍イラク侵攻を決定したことにあった、とされる。
 ブレア氏は下院で「イラク軍は生物・化学兵器を45分以内に配備できる。目的は大量破壊兵器の除去である」と理由つけした。
 さらに、フセイン政権打倒後も占領し続け、被害状況は米軍より悪化しているのにも拘わらず撤退を躊躇。しかし、除去すべき破壊兵器は今日にいたっても未だ発見されていない。軍事介入を正当化できる根拠は立証されないままだ。
英イラク独立調査委員会
 EU大統領選敗北で表舞台から消え去ったかの感のあったベレア氏が、イラクがベトナム戦の二の舞となるかのように泥沼化してきた今日、皮肉にも再びメディアの脚光を浴びることになった。
 舞台は、3カ月前に設置された独立調査委員会(ジョン・チルコット委員長=元北アイルランド事務次官)。英国のイラク参戦の経緯を包括的に検証し、国際法上合法か違法かを調査・検討する第3者委員会である。
 1月29日、ブレア氏は委員会に招致され、午前・午後6時間に亘り証人喚問に応じた。ベトナム戦並みの長期の自爆テロ続発に終結への糸口が何ら見出せないでいる現況下、喚問の焦点は以下に絞られた。

 侵攻決定は、ブッシュ米大統領との密約に基づき行われたのか?02年2月からフセイン政権転覆を想定、作戦を企画・策定していたのは事実か?(密約説は侵攻開始決定の1年余前から、ブレア氏の「ブッシュ・プードル」説として噂されていた)。
 ブレア氏は、「ブッシュ氏とは首脳同志として当然のことながらイラク対策について様々な意見交換をした。しかし、密約はない」と明言した。
 サダム・フセインの大量破壊兵器(WMD)開発・隠蔽に関する情報は、CIAの誤報であったことが判明し、第18代GJ.テネット長官も引責辞任している。さらに、9.11同時多発テロを断行したアルカイダとフセインとの共犯関係も根拠なしとして否認された。それでもなおかつイラクを追撃した理由は?
 ブレア氏の答弁。「サダム・フセインはモンスターだから退治した。かれとその兄弟を生かしておいたら、近隣諸国や米英両国はとんでもない危機に晒されていたであろう。」
 モンスター1点張りのレトリックには、チルコット委員長もいささか驚いた様子だった。
 脱線気味のレトリックを遮るように、委員長は、「それにしても、イラクでは179人の英兵が戦死している。犠牲者を増やすばかりで一向に戦争終結への成果が上がっていない。この不始末を招じた侵攻の決断に対し、“申し訳ない(regret)”と謝罪を表明する意向はありますか?」
 ブレア氏は言い放った。「責任は感じるが、謝罪するつもりはない(no regret)」

 当然のことながら、喚問会場はざわめき、戦死した兵士の母親は「ヒト殺し!」と叫んだ、とBBCは報じている。
 ブレア氏は少しも臆することなく、「フセインが生存していたら、イラクはイランとの核開発を競い、NATOを含め我々は大きなリスクに直面していたことであろう」。一息入れて、「必要であれば、私はまた繰り返す(I would do it again)」と胸を張った。
 BBCやザ・タイムズなどの主要メディアは一斉に反発し、ブレア氏を厳しく批判する論陣を張っている。
※  ※  ※  ※  ※
 そうした騒ぎの中、ある政治評論家は最近、持論を吐露した。「1940年、英軍がドイツ軍に敗れ、ダンケルクから敗走した時、ウィンストン・チャーチル首相は議会演説でこう檄を飛ばした。――どんな犠牲を払っても、勝利を目指すのだ(Victory at all cost)――。そして、結果的には勝利を収めたではないか」

 一見、ブレア氏にエールを送っているように聞こえる。この2人の間には、資質・品格・人柄の“格”に大きな差違が、と想い耽るのは筆者だけであろうか。

2010年3月6日(土)

倉田 保雄(くらた やすお)

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