アメリカでは強大で完全無欠のように宣伝され、日本でもそうした見方をされがちなCIA(米中央情報局)は、ヨーロッパではCash In Advance(前金払い)の略称で呼ばれている。情報源に気前良く前金で払うが、成果に乏しいといった陰口である。
 「CIA秘録」(NYタイムズ記者:ティム・ワイナー著。08年11月、文藝春秋刊)を読むと、60年の歴史を通じ、失敗が成功をはるかに上回っていることが分かる。キューバ危機、ウォーターゲート、イラン・コントラ事件など記憶に生々しい。1983年、駐レバノン米大使館へのトラック突入爆破事件を、捏造された誤報から未然防止しえなかったことに象徴される大失策も演じている。
 それでも、腐っても鯛というのであろうか、米国民の牧者(シェパード)としてそれなりの存在感は内外に示している。
火中のアフガン米軍基地に出入りする男
 ところが、今回はアフガンにおけるタリバンとの対決において、CIA・JGID(ヨルダン中央情報局)・タリバンを股にかけた「トリプル・スパイ」により壊滅的ダメージ(kick in the teeth)を受けることになった。---ケニス・ポロック(ブルックリン研究所・主任研究員)談。

 09年3月27日、オバマ大統領は戦闘が泥沼化しつあるアフガンへの新戦略を公表、米軍を10万人規模に増大し安定化に努めることとした。12月1日のウェストポイント演説では、3万人の増派を決定したばかりである。しかし、旧政権タリバン勢力の攻撃を阻止し、アフガンを再び拠点としようと機を狙うアルカイダを粉砕するのは容易ではない。暴力的過激派集団はいまや、内政混乱が続くイエメンやソマリアも含む中東から南アジア地域にかけて跋扈している。
 そのアフガン東部ホスト州の米軍基地に、12月30日、ヨルダン軍の軍服姿の男が現われた。そしてセクュリティ・スクリーンを通らずに基地内に入った。基地内のフィットネスジムではCIA上級将校・ヨルダン情報将校ら10数人が出迎えた。そこで、突如軍服男がベストに仕掛けた爆薬を起爆、CIA精鋭将校8人を含む9人が即死した。
 CIAの犠牲者のうち2人は女性だったが、その1人はアルカイダ・タリバンに関しては“百科事典”と呼ばれるほどの情報通だった。特にビンラディンの動静に詳しかったことから、余人をもって代え難い彼女の死はCIAに比類なき衝撃を与えた。
ホワイトハウスにまで上げたCIA情報
 自爆男はアルバラウィ(al-Balawi)という32歳のヨルダン人医師。表向きはヨルダン情報局員で、タリバン・アルカイダ関係の情報をGIDに提供して上層部の信頼を得ていた。JGIDは、タリバン情報収集に狂奔しているCIAにアルバラウィを紹介した。
 仏有力紙ルモンドによると、アルバラウィはCIA基地を何度か訪れ、同基地から発進する無人機(ターゲット・ドローン)用にタリバンの爆撃目標に関する情報を提供した。多数の民間人も殺傷したものの一応の成果を収めたため、CIAは貴重な情報提供者(ホット・ティケット)として彼を遇するようになった。従って、基地立ち入りもフリーパス同然だったという。

 やがて、アルカイダのナンバー2とされるアルザワヒリ(Al-Zawahiri)について耳寄りな情報を掴んだと報告してきた。アルカイダ勢力弱体化の要と目標を定めていたCIAは飛びつき、ホワイトハウスにまで報告を上げた、とルモンドは報じる。
 情報提供のためアルバラウィが基地に呼ばれたのは12月30日。CIA上層部も勢揃いし、そしてこの惨劇が起こった。事実上フリーパスまでさせ、CIA上層部が意地汚く餌に食いついたためだ、とされる。
 笑いが止まらないのはアルザワヒリだ。自爆者のアルバラウィはアルカイダの諜報員であった。ヨルダンに付け込んで、CIAに取り入る、というアルザワヒリの仕組んだトリプル・スパイ芝居を脚本通り演じたものだった。
エスプリの残した教訓
 英有力紙ザ・タイムズは、「イグノラント(無知)なCIAは英国の統治時代の治安エージェント(Raji)に学べ」という見出しで反省を促している。
 「殺すか・捕えるか戦法」はアフガンでは通用しない。経済・民生面での復興を含む包括的戦略が不可欠で、要は部族、住民を適切な方法で懐柔することだ。その上で止むを得ない場合は必要に応じて武力行使する。いずれにしてもベトナムの二の舞を踏まないことだ。グアンタナモ収容所を閉鎖すほど容易なことではない。

 戦闘状態が泥沼化したイラクでは、今年8月までに戦闘旅団が撤退、駐留勢力を5万人規模に半減させる局面を迎える。懸案の失業率も依然として10.0%と改善の兆しを見せない。
 1月19日に行なわれたマサチューセッツ州上院補選では、30余年振りに共和党スコット・ブラウン氏に1議席を奪われた。安定多数の60を割り込み、医療保険制度改革法案成立を前に議会運営には暗雲が垂れ込める。
 デトロイトに着陸寸前に起きたデルタ航空爆破未遂事件は、クリスマスデー。逮捕された23歳のナイジェリア人学生の父からの容疑者情報は、CIAにのみ事前に流れていた。それから僅か5日後、米軍基地がテロの標的にされた。共和・民主両党からは政権の安全保障対策に厳しい批判が起きている。
 直近のCNN世論調査で支持率が46%まで下落したオバマ大統領、CIAをこのまま放置していていいのですか?

 ジャン・ド・ラ・フォンテーヌ曰く。「不信は信頼の母なり」(Méfiance est mére de confiance)。

2010年2月8日(月)

倉田 保雄(くらた やすお)

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